私の好きな十首(2026/9)

第168号(7月号)より

柿沼美雪

  • 雪どけのしずくのような笑顔みせ今朝のごはんはうまいと夫は(植松悦子)
  • ばあさまのはた織る姿まぼろしに朽ちゆく納屋に光りさし込む(蛭問和子)
  • ネガティブが忍び来るのは日暮時パヴァロッティのポリューム上げる(角田春夫)
  • 年とれば自由になれる筈だった湯船に深く沈んでみたり(岩崎勢津子)
  • 母われを必要とする子のおらず子に頼らずに生きむよわれも(西城燁子)
  • たましいの羽を休める宿り木になりたい今はあなたのために(大平千歳)
  • 雪舞えば「ゆき」の名の母浮かびきて眼つむりて母に会いたり(近藤千枝子)
  • 妻の顔母の顔して祖母の顔今ほほえめる鏡のわたし(増田和子)
  • ラジオから好きだった歌流れきて知らぬ道へとハンドルを切る(原純子)
  • ごりごりと足裏に伝ふる凍て土の踏まれて崩るる霜柱の道(高本洋子)

感想

心打たれる歌、共感する歌を中心に選びました。一首目、夫の笑顔の比喩に感銘を受ける。二首目、ドラマチックな映像をみているよう。三首目、ボリュームを上げて日暮れ時の気分を鼓舞する様子。四首目、上句への共感と下句の表現力。五首目、一抹の淋しさと凛とした思いが伝わる。六首目、あなたのためにと深い想いを若々しく歌う。七首目、眼をつむれば何時でも母に会えると。八首目、鏡に映る妻や母や祖母である顔に人生が見え、胸に響く。九首目、好きな歌を聞きながらハンドルを切る高揚感が手に取るよう。十首目、ごりごりとのオノマトペから霜柱を踏む足裏の感触が伝わる。